杉本五郎中佐遺著『大義』|解説 第三章 「無」の自覚到達の大道 

杉本中佐が禅の修行をした、広島県三原市にある仏通寺の仏殿(写真:Carpkazu) 引き続き、戦前日本のベストセラー『大義』(杉本五郎著)の解説連載第4回です。 今回は第三章「「無」の自覚到達の大道」です。現代語での大意を示したうえで、これを現代に生かすべく、私なりの解釈・解説を行います。原文はこちらの「大義研究会」のサイトでご覧ください。 第三章 「無」の自覚到達の大道 (大意) そもそも、宗教・教育・芸術・武道・文学その他諸々、すべて「無」に到達するための道である。 すなわち、ほんのわずかも残すところなく「我」を捨て去る手段なのだ。無に到るまでの...

杉本五郎中佐遺著『大義』|解説 第三章 「無」の自覚到達の大道 

杉本中佐が禅の修行をした、広島県三原市にある仏通寺の仏殿(写真:Carpkazu) 引き続き、戦前日本のベストセラー『大義』(杉本五郎著)の解説連載第4回です。 今回は第三章「「無」の自覚到達の大道」です。現代語での大意を示したうえで、これを現代に生かすべく、私なりの解釈・解説を行います。原文はこちらの「大義研究会」のサイトでご覧ください。 第三章 「無」の自覚到達の大道 (大意) そもそも、宗教・教育・芸術・武道・文学その他諸々、すべて「無」に到達するための道である。 すなわち、ほんのわずかも残すところなく「我」を捨て去る手段なのだ。無に到るまでの...